仙台高等裁判所 昭和25年(う)384号 判決 1950年8月31日
被告人
真田熊蔵
主文
本件控訴は之を棄却する。
理由
検察官那賀島三郎の控訴趣意第二点について
按ずるに麻薬取締法第三九条に違反して麻薬施用者が麻薬の中毒者に対し、その中毒症状を緩和するために麻薬を施用した場合、その施用に関しては同法第四二条第一項の規定する記録を作成しなくとも同条違反の罪責を問わるべきものではないと解するのを相当とする。蓋し、同法第三九条に違反した麻薬の施用は刑罰の制裁を伴う行為であるから、之に関して、施用した患者の住所氏名、年令、病名、主要症状、麻薬の使用量について記録を作成することは自己の犯罪を供述することにほかならずこれを期待することが不可能であるばかりでなく、何人も自己に不利益な供述を強要されないとした憲法第三八条の規定の趣旨にも悖るからである。果して然らば麻薬中毒症状緩和の為施用した被告人に対し、その施用麻薬に関し、記録を作成しなかつた所為について、重ねて犯罪を構成しないものとして無罪の言渡しをした原判決は正当であつて、論旨は理由がない。
(検察官那賀島三郎の控訴趣意)
本件公訴事実の要旨は
被告人は大正二年十二月頃より医籍に登録せられ大正三年真田医院を開業し昭和二十一年、昭和二十二年は麻薬使用者の免許を受け昭和二十三年には麻薬施用者、昭和二十四年には麻薬管理者として夫々免許を受けている者であるが、
(一) 昭和二十三年七月十日頃より同年十二月九日頃迄の間自宅に於て麻薬中毒者である妻ツギの中毒症状緩和の為に塩酸モルヒネ約四グラムを施用し、且之を所定帳簿に記載せず。
(二) 昭和二十四年一月一日頃より同年十月十三日頃迄の間、麻薬施用者でないのに前記妻ツギの中毒症状緩和の為に治療の目的で塩酸モルヒネ約五、九三グラムを施用し且之を所定帳簿に記載せず。
(三) 所持麻薬は他の薬品と区別して貯蔵すべきに拘らず、昭和二十四年一月頃より同年十月十二日頃迄の間滅菌アナプトールゼラチン液二〇cc一管、モルヘン一cc八十八管、塩酸モルヒネ末〇、二グラム、塩酸モルヒネ注射液一%一管を鍵のない箇所に存置し居りたるものである。
と謂うにあり、之に対する判決は前記事実(一)(二)中帳簿不記載の点は無罪其の余の点については、被告人に対し懲役一年二年間刑執行猶予及び罰金壱万円である。
之に対し不服の理由としては
第一点(省略)
第二点 本判決は法令の適用に誤があつて其の誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
前記公訴事実(一)(二)中帳簿不記載については裁判所は「記録帳簿不記載の点については、証拠上之を認め得る所なれど斯る記録不作成又は帳簿不記入の罪は適法施用を対象としたものと認むるを以て、右施用にして既に敍上認定の通り犯罪構成する以上重ねて右記録不作成又は帳簿不記入は罪とならざるものと認める」との見解の下に無罪の判決があつたのであるが
(イ) 帳簿不記入の罪は適法施用を対象としているとの見解については、想ふに麻薬取締法の目的としては、第一段として一般的に麻薬の所持、輸入、製造、譲渡等を禁止し所定の免許者については、例外的に之に之を認めているのであるが、第二段に之等の者と雖も無制限に前記製造、輸入、譲渡を許し且其の不正出入について法が之を傍観しているのではなく、適法に所持を許した麻薬の増減を明確にし麻薬の不正出入をも防止する為法は特に記録帳簿等の記入を厳守せしむる為規定を設けているものと思料され、帳簿不記載の点については判決に云う様に必ずしも適法施用のみを対象としているとは認め難い。
(ロ) 麻薬施用につき犯罪構成する以上記録帳簿の不記載については、重ねて罪とならずとの見解についても、前記した如く帳簿記録の記入は麻薬の増減等を明確にして不正麻薬の出入を防止する為之が違反者に対しては処罰規定を設けているのであつて、所謂形式犯に対する処罰規定を認められ独立した犯罪であつて麻薬中毒症状緩和の為の施用を罰する規定とは自ら其の処罰目的を異にしているものと思料せられる、故に無罪判決のあつた帳簿不記載の点は麻薬の施用の点と別個に犯罪を構成するものであると思料せられるので、前記無罪の判決は明らかに法令の適用に誤があるものと主張せざるを得ない。又その誤が刑の量定に重大な影響を及ぼしたものと思料される。
仍て第一点については刑事訴訟法第三百八十一条により、第二点については、刑事訴訟法第三百八十条に依り孰れも控訴に及んだ次第である。